【全文】衆議院 災害対策特別委員会 質疑/山田瑛理(2026年4月28日)の要約
山田瑛理議員が衆議院災害対策特別委員会で防災庁設置法案に関する参考人への質疑をしました。
2026年4月28日、衆議院の災害対策特別委員会で、チームみらいの山田瑛理議員が、防災庁設置法案の審議に際して4人の参考人(専門家・元首長)に質疑を行いました。
気仙沼市長の菅原茂氏は、東日本大震災の発生時に市長就任から10か月目だったと振り返りました。当時は経験豊富なスタッフも大きな災害対応の実績がなく、毎日手探りで対応したといいます。
山田議員は「就任したばかりの首長が大規模災害の対策本部長を務めなければならないケースがある」と指摘し、防災庁が国と自治体の間のコミュニケーション・情報共有を支える役割を担うべきではないかと問いました。菅原市長は「発災時と事前準備の両方について、首長・自治体がどのような手順で動くかを全国的に示していくことが大切だ」と答えました。
山田議員は「避難訓練は大切だが、どうしても形骸化してしまう側面がある」と問題を提起しました。
菅原市長は「避難訓練が避難所での活動に偏りがちだが、一番大事なのは避難所へたどり着くこと」と指摘し、地域コミュニティづくりと防災訓練を一体化させることが有効だと述べました。
大阪公立大学の菅野拓准教授は、形骸化の本質的な原因を「人は備えにコストをかけにくい」という心理にあると分析。解決策として「フェーズフリー(日常と非常時の境目をなくす考え方)」の発想を紹介しました。たとえば高齢者や障害のある方と「ひなんさんぽ(避難を意識したお散歩)」から始め、福祉活動と防災を組み合わせることで参加のハードルを下げる工夫が実践されています。
菅野准教授はさらに、「防災の主流化」という国際的な概念が、日本では「防災の専門化」に取り違えられてきたと指摘しました。
本来、防災はすべての部局が関わるべきもの。「防災は危機管理の部局の仕事」と他の部局が協力しない縦割りが日常茶飯事になっているといいます。防災庁に求められるのは、縦割りを越えてさまざまな省庁・セクターと調整・協働する「コーディネーター」の役割だと述べ、「防災という言葉がなくなること=防災が当たり前の営みになること」という理念を示しました。
山田議員は、防災庁設置法案に「減災(げんさい)」という言葉が使われていないことへの懸念を取り上げました。「減災」とは、災害をゼロにはできないという現実を受け入れた上で被害を最小限にするという能動的な考え方です。法律の言葉は国民に伝わる重みがあるため、見えなくなることへの懸念から質疑したと述べました。
「減災復興政策研究科」を持つ兵庫県立大学の阪本真由美教授は「減災は大切な言葉」と認めつつ、「防災という言葉も重みがある。防災庁の中に減災の大切さをしっかり取り込んでいけるよう努めたい」と答えました。
山田議員は、日本の避難所が長らく「体育館の床に雑魚寝」が当たり前とされてきたことを問題提起しました。「我慢が美徳」という文化や、被災者支援が「権利」ではなく「恩恵」として捉えられてきたことが一因ではないかと指摘し、防災庁設置を機に「支援は権利だ」という発想を制度に刻み込むために何が必要か問いました。
国際医療福祉大学大学院の石井美恵子教授は「日本の人権教育は、権利としての人権より思いやり教育にすり替えられている」と指摘。人権は権利であるというコモンセンスを社会全体で共有しなければ、災害時にも同じことを繰り返すと述べました。
また菅原市長は、こどもの学びを止めないためには学校を安全な場所に建てることが大前提と強調。気仙沼小学校のこどもたちが自発的に「ファイト新聞」(壁新聞)を作り、大人たちを勇気づけたエピソードも紹介されました。