いまきたみらい
2026年4月28日·衆議院·委員会·災害対策特別委員会

【全文】衆議院 災害対策特別委員会 質疑/山田瑛理(2026年4月28日)の要約

会話形式(原文ベース)

  • 山田瑛理
    ありがとうございます。チームみらいの山田瑛理と申します。本当に、貴重なお話をありがとうございました。まさに今、の審議をしているに際しまして、さまざま深度が深まる、そのようなお話をお聞かせいただきました。早速ですが、いろいろとお伺いをさせていただこうと思います。 まず初めに、菅原にお伺いをいたします。首長さんというものが、災害対策本部の本部長となりまして、そういったところで実際に経験された立場から、の際に政府と自治体との連携とか共有においてご苦労された点。先ほど、本当に右腕が欲しかったとおっしゃっていたかと思うんです。 本当に、災害時になると、政府のほうからさまざま、毎日いろいろな情報発信がされる、それをしっかりとキャッチアップしていってまとめてインプットされること、すごくご苦労されたかと思うんですけれども、たとえばそれはAIがすごく得意分野だったりもしますので、を進めるに際してはそんなところも注力していけたらいいなと思っているんですが。 その他で限界を感じた点というところをご共有いただきたいのと、また、震災というものはいつ来るか分かりませんというところで、菅原発災時は1期目でいらっしゃったと思います。仮にですけれども、本当に、就任直後の首長さんが同じ状況に置かれた場合に、経験とか人脈、判断軸、いずれもなかなか深度が深まらないまま本部長を務めるという状況もあるのではないかと思っております。 コミュニケーションの深度は、ある意味、いろいろな関係各位の皆さまとのあうんの呼吸というのがすごく重要になってくるのがだと思っておりますので、もちろん、災害対応に当たられる職員さんは本当にしっかりしていらっしゃると思いますから、機能不全ということはないと思います。ただ、もしご見解として何か共有いただけるようなことがあったら教えていただきたいというのが、防災庁のような国の専門機関と首長さんとの平時の情報共有とかコミュニケーションにおいて何か必要なことがあるのではないか、そのようなヒントがいただければとの意図でのお伺いになります。よろしくお願いします。
  • 菅原茂 宮城県気仙沼市長
    ご質問ありがとうございます。まさに今ご質問でお話しされたことが防災庁の必要性そのものだと思いました。私は(市長就任)10か月目で被災をしました。当時、副市長さんは県から来て8か月目、あと、もちろん総務部長さんももおられましたけれども、実際にそのメンバーで大きな災害に遭ったことがありませんでしたので、毎日どのような議論をすればいいかということも含めて、みんな寝てもいませんので、そんな中で過ごしてきたわけであります。 今のお話のように、防災庁でまとめていただかなくちゃならないものの一つに、「首長また自治体が組織的にこういうような段取りで発災時には当たってください」「発災の前、事前においてはこういうことに取り組んでください」というものを示していくことによって、それが首長にとっても自分がやらなくちゃならないことが明確になって、庁内での防災力を高めることになるのではないかというふうに思います。そのことが、今までは、各自治体においてばらばらだったり深さが違ったり、首長さんの防災に対する関心度の差だったりするのではないかなというふうに思いました。 先ほど冒頭に、全国どの自治体も災害と隣り合わせだということをお話ししました。本市でも数回、津波のを出しておりますし、十数回の大雨によるを出しております。ただし、そういう町だけではないんですね。ゼロという町があるかどうか分かりませんけれども、濃淡があります。しかしながら、いつどこで起こるか分からない、地震などはまさしくそういうことだと思いますので、自治体においてどういうことをどういう順番でやるんだというものを全国的に確立していくことが、防災庁にも求められているというふうに思います。
  • 山田瑛理
    ありがとうございます。ご経験に基づいて、防災庁の役割というところをしっかりと理解をさせていただきました。ありがとうございました。 続きまして、避難訓練について、菅原と菅野それぞれにお伺いをさせていただきたく。まずは菅原に、どれほど避難訓練を積んでも、実際の災害はシナリオどおりには動かず、避難訓練は、各自治体、町の皆さんとともに、常日頃しっかり実施していると思います。そのように訓練をとにかくとにかく積み上げて、その上で、発災時は現場で臨機応変な対応が、職員さんも市民の皆さまも取ることができるのだと感じております。 一方で、少し形骸化してしまっているということも事実ではないのかなと思っていて、ご経験から、実効的な訓練とはどういうものだったか、そしてまた、震災を経てアップデートした部分がありましたら、ご共有いただければと思います。
  • 菅原茂 宮城県気仙沼市長
    ありがとうございます。最初ちょっとお話ししましたけれども、私のところは津波被害が大きかったので津波のことがイメージされますが、避難訓練をすればするほど、避難所訓練になってしまう。一番大事なのは避難所へ到達すること、そのことが、私は防災庁にとっての一番大きな仕事だと実は思っています。 その上で、避難訓練が形骸化していくことを防ぐということについては、本市でも、中学校単位に地区が分かれていますので、避難訓練も中学校単位でやることが多いわけですけれども、町づくりと一緒にやることだと思います。 地域コミュニティーをしっかりつくっていくこと、防災を通じて地域コミュニティーをつくっていくことによって、高齢者から小学生まで入ってくる、そして、担うべき年代の人たちがその役目を果たしていくということになります。避難訓練だけやろうとするのではなくて、そのことを町づくり、コミュニティーづくりに生かしていく、つなげていくということが有効かと感じております。
  • 山田瑛理
    菅野にはまたちょっと別の角度でお伺いをさせていただきたく。防災訓練については、各自治体で、町会とか地元企業などと、やはり官民共同で行われている状況ではありますけれども、日本の防災訓練の現状について今どのように評価をされているのかというところ。やはり、私、先ほど申し上げましたけれども、どうしても形骸化という状況を指摘せざるを得ない部分があるかなと思っておりまして、形骸化してしまう本質的な原因がどのようなところにあるのか。 また、訓練の実効性を高めるためには自治体ごとに異なるアプローチが必要だと思います。町会、自治会さんとか、企業、学校、福祉施設、それぞれに対して、こういう訓練ならリアルな備えになるのにと、そういう具体的な方向性がもしございましたら、ぜひ知見をご共有いただければと思います。
  • 菅野拓 大阪公立大学大学院文学研究科准教授
    山田先生、ご質問ありがとうございます。実は、答えは、僕は菅原市長とほぼ同じような感覚を持っておりまして、町づくりと一緒にというふうにおっしゃられました。実は、防災というものの、特に事前にやることの本質的な難しさというのは、やはり備えるということへ我々はコストがかけられないということなんですね。 明日来るかもしれない南海トラフと言われても、多分、南海トラフの備えをしている人はほとんどいない、こういう話が本質的なので、要は、どんどん、やれやれ、避難訓練をやろうと言っても、まさに委員ご指摘の形骸化という問題がやってくるかなというふうに思っています。 やはりそれは、民間と連携をする前に、たとえば行政の中でもやれることがあって、先ほどの町づくりと一緒にというのは、要は、いろいろな部局で避難訓練というのを意味があるものにしていくということだと思うんですね。 たとえば、私は、好きな例に、障害者の方とか高齢者の方がなかなか避難所まで到達できないから、一緒にやってみようと言わずに、まずは、「ひなんさんぽ」といって、地域の人と一緒にお散歩しようからスタートするとか、そこでちゃんとお茶を飲んでお話し合いをして、顔を見える関係をつくって。これは実は、要は、福祉と防災を掛け算して、地域の福祉的なコミュニティーづくりにも意味がある形にしているということなんですね。これは要は福祉部局と防災部局が連携してやっているということなんです。 私はこれもやはり(身のまわりにあるものやサービスを非常時にも役立つようにデザインしようという考え方 )の発想だというふうに思いますが、防災だけで何かしようと思うと、備えというのはつらいということになるので、何とかそれを、ほかの、町づくりであるとか社会保障の中であるとか、そこと掛け算して、そこにとっても意味がある、こういう形に変えていかなければいけない。そうすると、そこにとっては意味がある。たとえば、参加する人は、一緒にお茶が飲めて楽しいとか、違う価値が出てくるわけですね。そういったものを防災庁さんなんかにも後押ししていただきながら取り組みを進めていく、こういうことが重要なのではないかと思っております。
  • 山田瑛理
    ありがとうございます。引き続き菅野にお伺いをしたいんですけれども、まさに今おっしゃっていただいたこと、防災の日常化ということだと思います。は、防災という言葉がなくなることイコール防災が当然の営みになるという理念をお持ちということを伺っておりまして、そういった防災の日常化が、本当に、まさに今後、防災庁の役割として、日本の防災の標準の底上げをしていくのがやはり役割だと思っているんです。 その点におきまして、現状の課題ですか、防災庁がやっていくべきことですか、ちょっとお考えがあったらご共有いただければと思います。
  • 菅野拓 大阪公立大学大学院文学研究科准教授
    ご質問ありがとうございます。すごく大きな話で、何を言おうかという形なんですが、やはり防災というのがまだまだ特別な言葉なんですね。特別な言葉ができると、我々はすぐで考えたくなるということなんです。要は、防災というのは危機管理の仕事でしょうと言って、ほかの部局が協力しないということが日常茶飯事ということになるわけですね。 まさに第一回のが行われた横浜市、第二回あたりでできた「」という言葉を私たちはちょっと取り違えたんじゃないかなと思います。我々がやってきたのは防災の専門化だったんです。むしろ、日常の中のどの部局だって防災に関わるんだからそっちでやってくださいよと。防災というのは本来はそういうふうにやってもらう仕事であって、調整すべき仕事であって、その調整こそが、まさに協働して、いろいろなセクターと、いろいろな省庁と調整して協働することこそが防災庁でしょう、こういう話のはずなんですね。 だから、重要なことは、防災のものを、別に防災庁だけの仕事じゃないよねと。当然やっていらっしゃるんですね、今も防災業務計画を作られたりとかとやっていらっしゃるんですけれども、日常の中でうまく使っていく。それこそがという概念に表れていたりとか、餅は餅屋という、ほかのところにもお願いしますという概念に表れていたり。 結果として、何か知らないけれども、簡単な災害ぐらいだったら自然と対応ができている、防災の部局が動くことなくという、これが防災という言葉がなくなるということだと思いますので、やはり、どうやって協働していくのか、そこにやってもらうための仕掛けというのを防災庁がしっかりとつくっていくということだというふうに思っています。
  • 山田瑛理
    どうもありがとうございました。続きまして、阪本にお伺いをさせてください。阪本は、「復興政策研究科」というところでご指導されていらっしゃると思います。先週の本委員会におきまして、私よりちょっとをしたことがございます。には「」という言葉が使われておらずということで、やはり法律というのは言葉がとても大切で、そこに明示されることによって国民にしっかり伝わるんじゃないかなんていうをさせていただきました。政府の整理としましては、防災という今回の概念の中に「」がしっかりと含まれていますよということでございました。 「」は、災害をゼロにはできないという現実を受け止めた上で災害を最小化するという能動的な発想ですので、その言葉が見えなくなることへの懸念をさせていただいたんですけれども、「」を研究、ご実践されてきた立場から、この防災庁に「」の言葉が使われていないというところ、もしお考えが、ご共有いただければと思って。よろしくお願いします。
  • 阪本参考人
    本研究科の名前も参照していただいて、どうもありがとうございます。災害の被害には防ぎ切れないものがあるので、災害対応体制を強くすることによって被害を減らす「」という言葉は、世界的にも使われていて、私自身もとても大切な言葉だと思います。一方、「防災」という言葉は、日本ではができたときに初めて本格的に使われるようになった、被害を防ぎたいという思いを込めた、大変重みのある言葉だとも感じています。 今回、防災庁設置に当たって、「本気の」という言葉が繰り返し言われてきた中には、「」も含めて本気なとなっています。なのでそこはそのように酌み取りつつ、名前は「防災庁」なんですが、中に「」の大切さを入れていけるように取り組んでいければなと私自身思っています。以上です。
  • 山田瑛理
    ありがとうございました。では続きまして、石井にお伺いをさせてください。被災者の人権・尊厳の維持というところをお訴えされていらっしゃるかと思います。支援の本質は人道支援であり、人間の尊厳の維持と保護の実現が重要だということ、私も大変に共感をいたしております。 日本の避難所は長らく、体育館の床に雑魚寝が当たり前とされてきました。これは災害だから仕方ないというような空気が社会的にも行政にもしみついているからではないかと思っていて、こういった我慢が美徳となってしまうという背景、たとえば権利として、被災者支援という概念が日本の制度にも文化にも根づいているところが一因としてもあるのではないかなと思っていて、不謹慎という空気が一気にはびこる、そんな感覚も持っています。 防災庁が設置されるこの機会に、支援は恩恵ではなく権利であるという発想を制度に刻み込むとすれば何が必要とお考えでしょうか。意識の問題なのか制度の問題なのか、その意識の変容を促すために必要なことはどのようなことなのか、お考えをお聞かせください。
  • 石井美恵子 国際医療福祉大学大学院災害医療分野教授
    またまたとても難しい質問、ありがとうございます。日本の人権教育が、文科省のホームページ、皆さん見ていただければ分かるんですけれども、人権は権利であるとうたわれているんですけれども、人権教育になると、自分の人権を守って他者の人権を守りましょうと、思いやり教育にすり替えられています。 ですから、人権は権利なんだということを社会全体がコモンセンスとして共通認識しないと、どうしても、我慢させるといいますか。それはもしかしたら、ふだんの福祉とかの問題とか、そういったこととも関係するかもしれませんけれども、やはり人権教育というものを根本的に見直していかないと、そもそも災害時にも同じことを繰り返してしまうんじゃないかなというふうに思います。以上です。
  • 山田瑛理
    どうもありがとうございました。続きまして、菅原にお聞きをさせてください。こどもの学びを止めないために何が必要かというところをぜひご共有いただければと思っていて、学校は地域の避難所にもなります。でも、こどもたちの学びというものは止めてはいけないとは思っております。発災後にこの学びを止めないために実際に機能したことや課題になったことをお聞かせいただければと思っております。 防災庁が関係省庁と連携をしていくことも必要だと考えておりまして、教育継続支援に関与する仕組みの必要性についてもご意見をいただきたく、また、関連して、災害孤児の実態把握とか、支援として有効だったこと、心のケアといったところ、整備すべき部分、そういったところも教えていただければと思います。
  • 菅原茂 宮城県気仙沼市長
    ありがとうございます。本市で、においては、学校そのものが被災したところも大変多いし、生徒児童のご家庭も全壊したところが大変多かったので、実際に学校が開始されたのは5月の9日だったと思います。それまでは、学校どころではないということだったと思います。そういうケースだけではないとは思いますけれども、まずは学校を安全なところに建てるということが極めて大事だというふうに思います。 先ほど、で本市の旧向洋高校がになっているということに象徴されますように、であっても、本市においてはそういうところに立地していたということがありますので、学校がやはり常に機能できるように安全なところに建てる、そのことが同時に、避難所としても使えるということになると思います。 あわせて、普通教室については一定程度の時期がたつと授業が行われる可能性がありますけれども、それ以外の特別な教室というのはあるわけですね、図画工作であるとか音楽だとか。そういうところについては、避難所との兼用みたいなことが速やかに行われるような仕組みづくりというか、考え方というものが必要になってくるのかなというふうに思います。あとは、こどもたちにとってみれば、実は、人生の中では大変大きな学びの時間になると思います。本市において、気仙沼小学校というところでこどもたちが自主的に何を始めたかというと、壁新聞を作る。ファイト新聞というんですね。こどもたちが自分で新聞を作ることによって、そのことを見た大人たちが、自分たちが頑張らなくてはいけない、しっかりしなくてはいけないということを気づかされたということがありました。あとは、学校の継続という意味では、被災していない学校との連携によって、教室を移動させるとか、そういうようなさまざまなアレンジメントはできるのではないかなというふうに思ったところです。あとは、実際にご両親が被害に遭われた、犠牲者になられたご家庭につきましては、ものすごく多くの数ではありませんので、実際、フォローもしておりましたし、さまざまな支援の手が十分に、金銭面では入ってきているというふうに感じておりますが、その心のケアというところまでいくと、しっかりとした仕組みの中で十分できたかということにつきましては、検証が必要だなというふうに思っておりますので、そのことについては、先ほど来のお話のように、こどもの権利、人権というものを最大限尊重した対応がこれからも必要だというふうに考えております。
  • 山田瑛理
    それぞれ、ご意見ありがとうございました。終わります。