2026年3月10日·衆議院·委員会·予算委員会公聴会
【全文】衆議院 予算委員会公聴会 質疑/幹事長・高山聡史(2026年3月10日①)の要約
会話形式(原文ベース)
- 高山聡史の先生方、本日は、貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございます。チームみらいの高山聡史でございます。 本日は、まず堀先生にご質問させてください。先ほど、医療保険制度の持続可能性について、これまでの制度改革の経緯にも触れられた上で、特にの見直しであるとか、(市販薬と成分や効果が似ている、医師の処方箋が必要な医療用の薬)ののあり方についてお話がありました。いずれも国民の負担に直結する問題で、慎重かつ丁寧な議論が必要な論点であると思います。 しかし、先生がおっしゃるとおり、社会保障の問題というのは、どうしても構造的な改革よりも局所的な対応になりがちである、あるいは、国民が当事者として、給付と負担のバランス、この全体像に向き合うということがなかなか難しいテーマであって、この妥当性について冷静な検証が必要であると思います。 たとえば、については、先日、辰巳(孝太郎)委員のにもあったとおり、保険料の負担の軽減がどれほどであるかといってみれば、月額120円ほどであるという中で、は、これは最大38%上がるということを、この年金、医療、福祉など、さまざまな社会保障の給付費が増加をしていく中で、なぜここを今優先するのかといった側面もあるのかなと思います。 以前から、先生におかれましては、に基づく議論であったりとか国民的な議論を通じて、国民自身が選択をしていくということの重要性について述べられておりまして、私もそういった考え方には強く共感するところでございます。 ここで堀先生に伺いたいのですが、個別の各制度の持続可能性といった問題と、社会保障の給付と負担全体像の議論、このバランスを取りながら、国民が納得感を持って、税や社会保険料の支払い、この必要な給付を受けられる社会をつくっていくために、今議論のあり方として足りていないものであるとか、あるいは、より国民に伝わっていくべきだと思われるような情報、こういったものがあれば、率直なご見解、伺えないでしょうか。
- 堀公述人ご質問ありがとうございます。の見直しについても、についても、もちろん個別のことではあるんですけれども、私は、それ自身は、実は保険給付のあり方を考えるものでもあるかなと評価しています。 たとえば、、今までですと、病気の種類であるとか重症度であるとか、あるいは頻度であるとか、そういうものとは中身はなく、経済的な負担の上限を決めていました。でも、今回は、多数回に関しては除外するとか、今までよりすごいきめ細やかになっているというメッセージとしては、給付の中身をより丁寧に見ていくというメッセージと受け取れることもできると思います。その大きなリスクについては、守ると言っているようにも私には取れるところがあると思います。ただ、今回のこれだけで十分かどうかというのはこれから先のことにもつながると思うので、また検討が必要かもしれませんが。 また、についても、たとえば、当然ですけれども、皆さん、患者のは少ない方がいいかどうかと聞いたら、おそらく普通は少ない方がいいとなると思うんです。でも、全体の状態を見たときに、日本の国民皆保険としてあるべき姿としてどうかといったときには、それならば、少しそちらのがあるもののほうは少し負担を多くしてもいいかな、それによってほかの制度、ほかの部分が持続できるならというふうに思うかもしれないですよね。 そういう意味では、今回のは、個別の制度ではあるんですけれども、医療保険のあり方を考える上では非常に大きいテーマですし、かなり丁寧にできているんではないかと思います。 ただ、社会保障というふうに見ると、実は、今回もありましたけれども、医療だけではなくて、たとえば後期高齢者を考えると、医療を受けている人はおそらく介護も受けている可能性があると思うんですね。そうすると、医療と介護を合わせたときの合算の療養費制度ってあるんですけれども、今回そこはまったく、たぶん見られていないと思うので、これは今後、医療だけで見るんではなくて、医療と介護を見たときにどうなのかとか、あるいはの医療扶助もそうですけれども、の医療扶助の医療の部分と医療保険における医療の部分がどうなのかとか。要はそれぞれの制度ごとの、単体の制度の中でも複雑にあるんですけれども、それぞれを今までは本当に精緻に、持続可能なようにとやってきたと思うんです。 それはそれでいいと思うんですが、それとは別に社会保障全体を見たときにその重なりであるとか、たとえば、40歳以上がには入ることになっていますけれども、それは、をつくった当時はともかく、今現在、なぜ40歳以上なのかといったときに、おそらくなかなか理由づけが難しくなってきていると思うんですよね。それは過去からだからだということがあるかもしれないんですけれども。 という法律もありますけれども、それも介護を受けている方たちも両方重なるというか、そこの部分の整合性、制度間の整合性をどういうふうに取るかとか、そういうところを見た上で、新しい制度設計というのができるんではないかと思いますし、それはすぐにできることではないので、本当にじっくりと検討した方がいいと思うんですけれども。個別のところとは別という意味ではそういうことです。すみません。お答えになっておりますでしょうか。
- 高山聡史ありがとうございます。個別の議論においても、これまでよりもきめ細やかに議論されるようになってきた部分があることであるとか、あるいはおっしゃっていただいた制度間の重なりについてより目を向けていく必要があるといったところ、非常に重要な観点だと思います。 もう1点関連してお伺いしたいのが、そういった非常に複雑な問題がある中で、に基づいた議論を進めていくためには、そもそも前提となるデータがきちんと取られて、かつ、それが国民に開かれた形で開示をされて議論ができるという環境が必須であるかなと思います。 このデータの関連でいくと、医療の領域では、の整備、これは、情報の標準化であったりとか、のデータとの連携、あるいは自治体と医療機関をつなぐのあり方みたいなところも整備が進みつつある。 一方で、これが国際的に見て、どういう状況なのか、先生、国際比較などもいろいろされていると思いますので、ここは評価できて、ここはまだ足りないみたいなところがあれば、ぜひご見解を伺えないでしょうか。
- 堀公述人ご質問ありがとうございます。ご指摘のとおりかと思うんですが、なかなか国際的に比較できるようなデータがそろっているところとそろっていないところがあるというのはあるかと思います。たとえばデジタル化を進めようといったときも、今、随分とかの整備によって変わりつつあり、状況はかなり変わっていますし、デジタル庁が中心にさまざまなデジタル化を進めて変わってきてはいる。まさに変わっている過渡期ではあると思うんですけれども、そもそも、それぞれの、たとえば医療機関の中だけでデジタル化が進んでいるところもあれば紙のところもあったりとか、することによって初めていろいろな活用があるところが、それがなかなかできていないので、うまくいっていないと思います。 たとえば、これは今後改善されると思うんですけれども、がんのスクリーニングに関してのデータに関しても、私、デジタル先進国と言われているある国にいたことがあるんですけれども、そちらでは、全国民にで、たとえば対象者に対して、「あなたはがんのスクリーニングの対象です」と一斉にメールを送って、そのメールの送り方にもいろいろあるんですけれども、それでデータをちゃんと取って、その後、医療データも含めて研究者も研究をして、それが治療の方にもつながるし、あるいは新しいにもつながるような、データそのものが、国民にとっても取られることが、個人情報保護の云々ではなくて、自分たちにとってもプラスの恩恵になるんだということが分かるような形でデジタル化が進んでいるので、たぶん、「デジタル化を進めることがすごくいい」となると思うんですけれども、なかなかそういうふうになっていなくて。そもそもデフラグな状態になっていると、つなげるといっても、なかなかつなぐこと自体がうまくいかなかったりするので、なので、手作業でデータを見なきゃいけなかったりということになったりもします。 ですので、医療機関に関するデータに関しても、本当に、集めることによって、それは医療経営上の把握ということだけではなくて、診療の質であるとか、あるいはサービスの生産性を上げるために自分たちにとってもどう使えるかという意味でプラスになる可能性もあると思うので、そこはうまく、よい事例とかも踏まえて、デジタル化とデータの見える化を進めていく必要があるのではないかなと思っています。それがひいてはベースの政策形成につながるのではないかなと。今ですと、「たぶんそうだと思う」という、あるいは、ある特定の省庁が一生懸命頑張って一時的にデータを集めるという形になったりしているところも一部あると思いますので、そこは改善していく、将来的に改善していく方がいいと思いますが、今、過渡期なのかなと思っております。
- 高山聡史ありがとうございます。今、まさに我が国においては、国民の負担をどう軽減をしていくかというところと、一方で、同時に、国民の命、健康はしっかり守る、こういった皆保険の仕組みは維持する必要があるという難しい課題がある中で、先生おっしゃったとおり、データを、今なかなか使いやすい形になっていないところもある中で、しっかりとした検証をしていく必要があるものだと理解をいたしました。引き続きいろいろと議論あるいはご指導いただければと思います。ありがとうございます。 最後に1点、田中先生に伺いたいと思います。直近の事態で、先ほどのお話にもありましたへの攻撃に関するところです。 イランの無人機攻撃によってバーレーンのが損傷を受けたという話に関連して、まさに先生もおっしゃっていたとおり、このというのはの民間の方々にとって命に直結するインフラであるということ。この「水」というインフラに対して攻撃が行われるということは、非常に、この紛争の性質が一段階フェーズが変わったという意味合いを持つかなと思います。 かつ、これに関して、イラン側は、米国側が前例をつくったのであるというような話もしており、これは非常に深刻な状況かと思います。民間人の命に直結するインフラの攻撃というのは、人道的にもあるいは国際法的にも重要な問題で、これ以上エスカレートすることは容認できないものであると思います。 そこで、こういったことに対して、国際社会として、あるいは日本として取り得る外交的な、現実的なオプションというものがどういうものがあり得るのかというところを、先生のお考え、お聞かせいただければというふうに思います。
- 田中公述人ご質問ありがとうございます。事実関係では確かに両方とも和解をしているので、結局けんか両成敗みたいな形にしかならないんですが、まず、共に和解、それぞれに関して非難をすることはまず必須だと言えます。片側だけ非難してもう片側を非難しないという状態だと、やはりこれはということになってしまいますので。 あとは、もちろん交戦規定でいろいろなものがありますけれども、人道に関わるところに、たとえば病院を攻撃してはならないとかそういった戦時国際法などがありますので、それに従っていれば本来は十分に対象に入る、カバーされているところです。 ですから、片側だけの非難だけで終わらせていると、もう片側がそれを超えてしまうこともありますので、そこら辺はきっちりと、非難するときはきちんと等しく非難するという対応からまず入るべきだと思っております。
- 高山聡史ありがとうございます。あらためて、そういった命に直結する施設への攻撃は許されないというところ、しっかりと立場を示す必要性について認識いたしました。ありがとうございます。これにて私の質問を終わります。ありがとうございました。